4/29立野家庭地震を通しての証文2号

IMG_84364月14日夜の震度6強の地震では、我が家は家具や茶碗類が壊れたぐらいでなんとか無事でした。余震は来るけど本震は来たので震度6以上のものは来ないと少々安心しておりました。しかし、4月15日の夜は、念の為に私自身と妻と86歳の母はタンス等から少し離れた窓側に寝床をしいて休みました。4月16日午前1時25分震度7の大地震が私たちの地域を襲い私の亡くなった父が、35年前に立ててくれた自宅は1分程で崩壊してしまいました。1分後、枕元においていたメガネとスリッパを履き懐中電燈替わりに携帯電話灯をともし他の部屋に休んでいた母と妻に呼びかけましたら「元気で大丈夫だ」との声を聞き母を無事に家の外に連れ出しました。妻は寝ていた横の窓から脱出しました。離れの倉に寝ていた次男も母屋に来て無事でした。結局当日自宅にいた家族4人全員がかすり傷一つ負わず奇跡的に無事だったことになります。

16日の朝になり壊れた家に入ってみると大型タンス、大型テレビ等が寝床のわずか10Cm位の所に倒れていました。本当に天により守られたことを感じた次第です。同時に天の父母様が大地震を起こしてまでも私たちを目覚めさせ、神氏族メシヤの使命を果たしてくれと願われる切なる心情を感じた次第です。朝になり明るくなってみると南隣の家は完全に潰れていました。しかもその家には、一人の60代の男性が寝ていて潰れた家からはいでてきたと本人が語っていました。

東隣の家も母屋が完全に潰れいっときは3人が家の下敷きになり消防団の人々から引き出され無事だったと本人たちが語っていました。別の東隣の親族の家も車庫が完全に壊れ3台の車が壊れてしましました。家の前の村道も3箇所が道路にヒビが入り土砂が崩れて家にある車が出せなくなりました。この地域にある家は被害のない家はなく全滅でしたが、私たちの家族を始め部落の人たちは、全員無事でした。

住む家が無くなり家族全員行く所もなく現在は阿蘇家庭教会にお世話になっています。余震も2週間程つづき寝ることもできない状況ですが、天の摂理を進める為の大きな条件となる大地震であると認識し、感謝の心を持って受け止め前進したいと思っています。今の困難を克服し、早く天一国実現の為に神氏族メシヤを全うしたく思います。その為に一日も早く体制を整え、日本全国の食口と前進したいと思っています。

立野春信

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